-低速 領域-



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Lucky_Man



これで貴方もラッキーマンに!
神々の力が宿った不思議なマジックストーンブレスレット、そしてあの有名占い師、Aさんも愛用するミラクルストーンペンダント!
この神秘の力が宿った、超幸福アイテム2点がなんと5万円!
この超幸福アイテムで、あなたもラッキーマンになりませんか?

副作用: だ 、  を  と  の人   に  ます。


1.

僕は不幸だ。
財布は無くすし、携帯もすられる。この前なんて29回目の交通事故に会ったり、鳥の糞が頭の上に落ちてきた。

色んなお守りや、お払いもした。だけど、僕の不幸は留まる事をしらない。むしろ日に日に酷くなっている気がしないでもない。

でも、このままの人生は僕だって嫌だ。何か、何か良い方法は無いのだろうか・・


2.

木枯らしが吹く寒い季節。僕は会社帰りの道をトボトボと歩いていた。
今日は行きの電車で女子高生に痴漢と間違えられてしまった。なんとか疑いは晴れたが、会社に遅刻し部長に怒られ、女子社員の間では変な噂まで流れてしまっていた。

―今日も散々だったなぁ。

僕は心の中で呟く。
寒い寒い木枯らしは、僕の体だけじゃなく、心まで寒々しくさせた。
周りを行く恋人達は、皆幸せそうに歩いている。手を繋ぐ者達、楽しそうに会話する者達・・・誰もが幸せそうで、今の僕の表情とはまるで正反対だった。

「はぁ・・・・」

長い溜め息が無意識に出る。この落胆の溜め息は、僕の癖になっていた。
賑やかな冬の繁華街を抜けて、僕は閑散とした商店街を通って帰ることにした。普段商店街を通って帰る事は無かったが、今日は何となく気分でこっちを通る事にしたのだ。
繁華街と比べると明らかに静かで、行き行く人達もまばらだった。まだ8時だと言うのに閉まっている商店も多く、商店街の印象を更に閑散とさせている。


3.

僕が商店街を歩いていると、前方に黄色い旗と、大きく目立つ「これで貴方もラッキーマンに!!」という文字が見えてきた。
おやっ、と多少興味を持った僕は、さらに近づいて見てみる事にした。
そこには、小奇麗な格好をした老婆、そしてその老婆の前にあるテーブルにはなにやら胡散臭いブレスレットとペンダントが置いてあった。
そして更に、その老婆の店と思わしき店の前には、大きな目立つ看板が一つ。その看板には、こう書かれていた。

「これで貴方もラッキーマンに!
神々の力が宿った不思議なマジックストーンブレスレット、そしてあの有名占い師、Aさんも愛用するミラクルストーンペンダント! この神秘の力が宿った、超幸福アイテム2点がなんと5万円!
この超幸福アイテムで、あなたもラッキーマンになりませんか?

副作用: だ 、  を  と  の人   に  ます。」

―なんだ、良くある胡散臭い幸福グッズか。
そう思った僕は、その場を立ち去ろうとして、回れ右をした。
そして、僕が前へ歩こうとしたその瞬間―

「そこの若いの、あんた今日も不幸な目にあってうんざりしているだろう」

僕はギクっとして後ろへ振り向く。そして、僕の前には少しだけ意地悪そうな表情をした老婆が、僕の方を向いていた。
「・・・なんでですか。なんでそんな事があなたにわかるんですか」
僕は少しだけ声を荒げて言う。
すると、僕の言葉に老婆はクックッと意地悪そうな笑いを浮かべて言った。
「―今日女子高生に痴漢に間違えられ、会社に遅刻し部長に怒られ、女性社員の間で変な噂が流れた・・・まぁ、そんなところかね、クックック・・・」

僕は絶句した。何もかも、全てが的中していた。
目の前が真っ白になって呆然としている僕に、老婆はまた意地悪な笑いを浮かべながら言う。

「どうかね、若いの。今なら幸せになるブレスレットとペンダントを5万―いや、今日は私の機嫌が良いから3万で売ってやろう。どうじゃ?効果は私の保障済みじゃぞ?」

・・・―そんな胡散臭いものに3万もかけられないよ。
僕の心はそう思っていた。だけども老婆の目を見ているうちに、だんだんとそのブレスレットとペンダントがもの凄い幸せをもたらすような感じがしてきた。そう、まるで催眠術にかかったような、そんな感じだった。

「―それ、買います」

とうとう僕は言ってしまった。なんて事だ、3万もこんなのに使ったら今月の食費が足りなくなる・・・・
そう思った僕は、慌てて「待って!!」と言おうとした。だけどもー・・声が、全く出ないのだ。僕は、自らの意思に従わない自分の体にただ呆然とした。

その呆然とした僕をちらりと見た老婆は、また意地悪そうな笑みを浮かべて
「ああ、そうそう・・。もう返品不可だからねぇ・・・残念だったね、若いの。クックックッ・・・・」
と、悪魔のような言葉を、無責任に言い放った。


4.

僕は、先程以上にうんざりとした表情で帰路を歩いていた。
ふと、僕は手元に持っている箱を見る。上品な黄色の、品のある箱だったが、今の僕には不幸が詰まっているいわくつきの箱にしか見えなかった。
割と重量のある箱を手にしながら僕は、先程より大分軽くなった財布を見つめながら思う。

―はぁ・・この先どうしようかな・・・・3万も使っちゃ、今月の食費も危ういし・・・給料前借なんて、僕の立場じゃ出来ないしなぁ・・

今の僕の脳裏には心配事しか浮かばなかった。というか、僕にはこの状況でポジティブな考えが出来るほど能天気ではない。

「とりあえず、あのブレスレットとペンダントに賭けてみるかな・・尤も、無駄だろうけど、それしか望みが無いもんな・・・・」

そう、僕は呟く。
今の僕には、3万円で買った胡散臭い幸運グッズしか望みを託せないのだ。まぁ、こんな物に望みなんか託せ無いけれども・・・
僕は心の中で後悔しながら、寂しげな光を放つ街灯の下をたった一人、ポツリと歩く。


5.

20分程度歩いただろうか。僕は気づかぬ間に、自宅があるアパートの前に立っていた。
築26年のボロアパートの階段を、コツンコツンと少々気味が悪い音をたてて僕は登っていく。
不思議とアパートは静かだった。いつもなら灯りが点いている大家の部屋も、今日は何故か真っ暗で人がいる気配が無い。
僕は何故か少しだけ怖くなって、足早に自分の部屋に駆け込んだ。

ガチャリ、と重いドアが開く。無論、独身・彼女無し・1人暮らしの僕に帰宅を迎えてくれる人はいない。
玄関の灯りを点け、自室に向かった僕は、カバンとスーツをベッドの上に放り投げ、ワイシャツのまま先程購入した幸福グッズを手にしてリビングへ向かう。
リビングのソファにドカッ、と荒々しく座った僕はしばらく手元の黄色い箱を弄んでいた。やがて僕は手元の箱をじっと見て、不意に箱を締めている紐を解き始めた。
紐を解き終え、いよいよ僕は黄色い箱を開ける。

箱の中には、丁寧にしまわれている安っぽい幸福グッズが二つと、説明書のような紙切れが一枚。
一つは茶色の皮製で、中央辺りに青いガラス玉のような物が飾ってあるブレスレット。そして二つ目は銀色のペンダントで、緑色の玉があしらわれていた。
僕はそれを手に取り、まじまじと観察し始めた。そして、心の中で呟く。

(・・・・どうみても騙されたよなぁ・・)

ブレスレットの皮はどうみても安物だし、ペンダントの銀色は明らかにメッキだし、両方にあしらわれている玉はガラス玉みたいだし・・ 僕はしばらくその幸福グッズを眺めたあと、ポンとテーブルの上に放り投げた。

(・・そういえば、何か紙が入っていたな)

そう思い出した僕は、黄色い箱の中に入っていた紙切れを取り出した。その紙切れは和紙のような不思議な肌触りの紙で、その上には筆で書かれた短い文章が書かれてあった。
「ううん・・?なんて書いてあるんだ・・?」
僕はその文書に目を通す。

〔これで貴方もラッキーマンに!
神々の力が宿った不思議なマジックストーンブレスレット、そしてあの有名占い師、Aさんも愛用するミラクルストーンペンダント! この神秘の力が宿った、超幸福アイテム2点がなんと5万円!
この超幸福アイテムで、あなたもラッキーマンになりませんか?


副作用: だ 、  を  と  の人   に  ます。〕

(これは・・あの店頭に書かれていた言葉か・・)
そう思って紙切れを閉じようとしたその瞬間、僕は少し気になる言葉を見つけた。

(・・・副作用?)

それは、その紙切れの端っこに書いてある〔副作用〕の文字。

(なんだこれ・・擦れて全然読めないぞ)

そう思った僕は、解読を早々に諦め紙切れを紙にしまう。どうせ副作用なんてはったりだろう。そもそも、効果すら無いのに副作用なんて現われる訳が無い。

自分の中でそう結論付けると、僕は着替えるのすら忘れて、ワイシャツのままとっとと就寝してしまった。


6.

気がつけば、部屋は朝の光で満ち溢れていた。
僕はワイシャツのまま寝ている事に気づき、昨夜の事を思い出す。

―そういえば昨夜はずっとペンダントとかの事で・・・・そうか、あのまま寝ちゃったんだ。

僕はベッドから降り、時計を確認した。・・ちょうど8時か。

―って8時!?

僕はもう一度時計を確認する。いち、にい、さん、しぃ・・・・僕は何度も数えたが、時計は確かに午前8時を指していた。
8時といったら、既に家を出ている時刻だ。まずい、このままでは遅刻してしまう。
僕はすっかりしわくちゃになったワイシャツを脱ぎ捨て、急いでスーツに着替える。寝ぐせを直す暇は無いので、髪の毛は跳ねたままだ。
準備も終わり、鞄を抱えた僕の視界に昨夜買った幸福グッズが映った。
・・僕は一瞬躊躇った後、「せっかく買ったんだし・・」と思い幸福グッズを持っていくことにした。幸いにもスーツを着ていれば、安っぽい外見は隠せる。

駆け足で玄関を出て、鍵をかける。アパートの階段をダダダと凄い勢いで降りる僕を見て、大家さんが僕に「おはよう」と挨拶をしてくれた。
僕も大家さんに「おはようございます」と声をかけ、また急いで走り出す。そういえば大家さんはどうして昨日の夜いなかったんだろう、とふと思い出した。
でもその疑問は今の忙しい僕の頭の中からすぐに消え、僕の頭の中はすぐに電車の時刻表に切り替わる。
いつも乗ってる電車が8時25分・・・・あと5分で駅に着かなくちゃ間に合わない。次の電車は急行だから、僕の駅には止まらない・・
僕はスピードを上げる。ゆっくりと歩いてる通行人を追い越し、最大速度で走り抜けた。でも普段運動していない僕の身体は次第に悲鳴を上げ、やがて僕は疲れきって歩き出してしまった。

・・・はぁ・・はぁ・・これじゃ、間に合わない・・

僕は半ば諦めながら思う。ふと、腕時計を見ると時刻はすでに8時30分を過ぎていた。僕は時計を見ながら思う。

(電車、遅れてればいいな・・)と。


7.

僕が駅に着く頃には、時計はすでに8時35分を指していた。
もう完璧に間に合わない、と思った僕は遅刻の言い訳を考えていた。お年寄りを助けたとか、迷子の子供を案内したとか・・・まぁ、言い訳なんか言っても無理だけど・・・

はぁ・・と溜め息をつきながら、駅のエスカレーターを登り改札へ向かう。

定期を取り出し、改札を抜け、階段を下りてホームに下りた僕の目にいつもと比べ少し異質な光景が飛び込んできた。
それはホームが人で埋め尽くされていたのだ。通勤時間帯だとはいえ、この数はおかしい。
気になった僕は、ホ−ムの電光案内板を見ると、次回電車の到着時刻が8時10分で止まっている。大幅な遅れだ。

(・・何かあったのだろうか)

と、思う僕の耳に駅のアナウンスが飛び込んできた。

『えー唯今、大西線傘鷺方面におきまして車両異常による大幅な遅延が発生しております。現在車両が復帰して、8時10分傘鷺行き普通電車が後里を通過中です。後続車両も順次出発中なので、今しばらくお待ちください。お客様には多大なご迷惑をおかけしております。誠に申し訳ございません』

そのアナウンスが流れると同時にざわつき始めるホ−ム。だが、その周囲の状況とは反対に僕の心は心底安心していた。

(・・あー、これなら電車の遅延を言い訳に遅刻できるぞ・・・)

と、予想外の言い訳が出来たからだ。


8.

約30分遅れで到着した電車は混みに混んでいた。
普段の満員電車を遥かに超える窮屈さ、僕は押しつぶされそうな感覚を覚えながらガタゴトと電車に揺られていた。

(あー、苦しい)

多分、この車両に乗ってる人は僕と大体同じ事を考えてると思う。苦しいだとか狭いだとか、暑いだとか。
入社4年目の僕でも、この満員電車は大嫌いだった。そりゃ入社当初よりは馴れたけども。

(・・・次の駅で沢山人降りないかな・・)

大嫌いな満員電車の中で、僕はそんな都合の良い事を想像する。
次の駅で何本も始発電車が出てるとか、皆この窮屈さに我慢出来なくて電車を一旦降りるととか・・・
「えー、次は台東ー。台東です。東西線にお乗換えのお客様はお乗換え下さい―」
車内に流れるアナウンス。どうやら僕が下らない妄想をしてるうちに次の駅に着いたらしい。

そして、電車がホームに着きドアが一斉に開くと乗客が一斉に電車から流れ出た。

「え?え?」と僕は突然の出来事にうろたえ思わず声を発する。
僕はその人の波にあっという間に飲み込まれ、車外に流れ出されてしまう。

それは、物凄い人の量だった。

僕が先程乗った電車は何故か大幅に人が減っていて、まるでさっきまでの満員電車っぷりが嘘のようだった。
僕は少し呆然とした後、再び電車に乗り込む。電車は先程と比べかなり快適になっている。

そして定刻になり、動き出す電車―
その中で僕は先程の電車の人の減り様を考えていた。

(なんであんなに人が移動したんだ・・?乗り換えの人が多かったのか?この電車が各駅だったからか?それとも始発が大量に出てたのか・・?)
いくら理由を考えてみようとも、あれ程の移動は有り得ない。ましてやこの時間に・・。
―そしてずっと考え込む僕の脳裏に、ある物がふと思い浮かんだ。

それは昨日買ったあの胡散臭い幸福グッズだった。

僕は一瞬考え込み、少しして「・・まさかね」と思い止まった。


9.

僕が目的の駅に降りると、とある人物が僕の視界に入った。
それは僕の憧れの同僚だった。名前は西田さん。背は僕より少し低い位、スラッとした体系で顔は川島なお美似の美人さんだった。年齢は僕より一つ上の24歳。勿論未婚だ。
僕は西田さんに声を掛けようとしたのだが、それよりも先に西田さんに近づいてくる男がいた。
彼の名前は三上。社内でも有数のグッドルックスの持ち主で、一部では西田さんと交際しているという噂まで流れている。
三上は女性社員の間では評判は良いが、僕等男性社員の間では最悪の評判だった。理由は男と女で態度を180度変えてくるから。
女性が相手だと優しげな笑顔を浮かべ積極的に仕事も手伝う良い人を演じるが、男性が相手だと嫌味は嘘はあたりまえ。オマケに人の仕事の邪魔をしたり、馬鹿にしたりする最悪人間に変貌する。加えて上司にゃ胡麻擂りと、そりゃ男性社員の間でも評判は悪い。
そして今、そんな三上が会社のマドンナ的存在の西田さんと肩を並んで歩いている。
僕の心はこの上ない悔しさと怒りで満ちていた。多分、この感情は僕だけじゃなく他の男性社員も抱いていると思う。

(あーあ。三上がいなくなれば良いのにな。車にでも衝突しちゃえばいいのに)

僕は珍しく不謹慎な事を思う。
でも実際三上がいなくなれば良いと思ってるのは隠し様の無い事実だ。三上がいなくなれば、僕はもっと上手くいくはずなのに。
我ながら子供みたいな考えだと思う。「僕が嫌いな奴はいなくなれば良い」これがどれ程身勝手で幼稚な考えか。
僕はそんな自己否定を交えた考えをしながら、エスカレーターで上がっていく二人の姿を見送った。


10.

僕が会社に着くと、西田さんと三上はまだ着いていないようだった。
三上はいつもタクシーで来ているはずだから、徒歩の僕より早いはず・・・・もしかして今日は西田さんがいるから徒歩で来ているのだろうか・・でも、途中で三上達を抜かした覚えは無い。
僕はそんな事を思いながら部長に電車の遅延届けを出し、なんとか遅刻の叱責を免れた。

―それから30分後

未だに2人は来ない。いくらなんでも遅すぎる。まさか2人で―・・いやいやいや。そんな想像はしないようにしよう。虚しくなるだけだ。
でもその事が気にかかって僕は仕事に集中できない。自分は嫉妬深い質では無いと思うが、何故か今日は異様に気になって仕方が無い。とうとう僕は我慢できず、部長に聞く。
「部長。三上達、一体どうしたんですか?」
僕の言葉に部長は困ったような顔を浮かべる。
「いやぁ、連絡が無いから私も困っているんだ。高橋、お前何か知らないか?」
部長の突然の問いに僕は少しだけ慌てて言う。
「あ、え、駅で西田さんと一緒にいるのを見ましたよ」
すると部長は「ふむ」と言ったあと、「そうか・・」と答えた。
そして部長が何か言葉を発しようとした瞬間、「ルルルルルルルル」と会社の電話が鳴り響く。
「・・三上達か?」と言った部長はすぐさま受話器を取り上げる。

「もしもし株式会社ムラカミの田辺ですが・・」
部長がそう言うと電話の相手も何かを言う。僕には当然聞こえない。
「え?警察!?どうしてまた警察の方が?」
警察、という言葉を聞いた社員たちが一斉に部長の方へ顔をむける。当然、その中に僕も含まれていた。
部長は先程より慌てた感じで話している。何か深刻な事らしい。
その後部長は「・・はい」や「わかりました・・」「そうですか・・」等曖昧な返答を繰り返し、警察とのやり取りを終了させる。
そして、受話器を置いた部長が発した第一声は、社内の人間を騒然とさせた。

―それは 「三上が死んだ」 という、あまりに突然の死の宣告だったからだ。



11.

部長の話によるとこうだった。

三上は西田さんと同じく駅前のタクシーに乗り込んだらしい。
だが道が渋滞していて、タクシーは思うように進まなかったそうだ。
で、待機していた十字路の信号が赤から青になり、前に進もうとしたタクシーの側面から、この渋滞で急いでいたトラックが信号を無視して突っ込んできたそうだ。
そのトラックは三上達の乗るタクシーに側面から衝突。しかも三上のみが乗る後部座席に直撃だったという。幸いにも前方に乗っていた運転手と西田さんは軽傷。だが、三上は即死だったという。

この事件は瞬く間に社内外に広がり、多くの人々を驚かせた。三上を嫌っていた男性社員も、こればかりは流石にこたえたそうで皆複雑そうな表情をしていた。
だけども、一番驚いたのは僕だった。
今日は自分が思った事が全部本物になっている。電車の遅延といいあの乗客の移動といい、三上の死といい・・・・
あの幸運グッズをつけてから、何かがおかしい。まるで魔法のように起きる事件の数々。

空恐ろしくなった僕は、帰りにあの老婆の元へ行くことにした。



12.

会社での仕事を終え、急いで僕は駅に向かっていた。
時刻は5時。かなり早い帰路だった。

駅に着くと、駅の前に目立つ人だかりがあった。どうやら号外が配られている・・何かあったのだろうか。
僕は気になって号外を受け取り、紙面に目を通す。
そして僕は、その紙面の内容に言葉を失った。

「『東西線・大西線の台東駅で大規模な事故』

今日8時50分頃、東西線・大西線の台東駅で約34人もの人がホームから落ちる等の大規模な事故がおきた。その時刻、大西線傘鷺行きの電車が大幅に遅延しており、電車が非常に混んでいたのが原因だと思われる。
駅員によると、遅延していた台東駅8時47分着大西線傘鷺行きの電車は、台東駅についた途端一気に空いたという。理由は不明だが、始発電車に乗る人や乗り換えをする人が異様に多かったためだろうと推測されている。」

―あの時のだ。

震える手。

僕は言い知れぬ不安と恐怖を覚え駅に向かい、ホームへ降り、電車に飛び乗る。

はぁはぁ、と息が荒くなっているのが自分でもわかる。

動き出した電車。しばらく乗っていると次の駅のアナウンスが車内に流れた。

「えー、次は赤沼ー、赤沼です。お出口は右側です」

駄目だ、こんな各駅停車じゃ遅すぎる。せめて僕の駅まで直通で行ってくれたら―
―近づく駅、だが電車は減速しない。

ビュウビュウと流れていく窓の外の駅の姿。

乗客が唖然としている中、電車は赤沼駅を停車せずに走り抜けた。

―まさか

僕はついさっきまでの自分の願いを思い出した。


――『せめて僕の駅まで直通で行ってくれたら―』


やっぱり、僕の願い通りの事が実際に起きてしまった。
駄目だ、このグッズの力はやっぱり本物だった―

僕はとんでもない物を手に入れてしまったという焦りと、これからもっと大きな事件が起きてしまうのではないかという恐れを抱いて、慌ててグッズを外す。

だが、僕がグッズを外しても電車は全く停止しない。

にわかに動揺の声が漏れてくる車内。
「なんで止まらないんだ!」「事故じゃないの?」「運転手は大丈夫か!?」
あちこちで乗客の焦ったような怒ったような声が聞こえる。

―だが、しだいに動揺が広がっていく車内を尻目に電車が駅に停車した。

・・・そう、そこの駅は紛れも無く僕の最寄り駅だったのだ。

一斉に出る乗客達。僕も当然この駅で降りる。
そして僕はホームからエスカレーターを使って昇り、改札を出た。駅員室をふと横目で見ると、そこには文句や抗議をしに来た乗客たちで溢れていた。
僕は駅員に心の中で謝りながら、足早に駅を後にして老婆の元へ急いだ。


13.

― 僕が昨日老婆に出合った場所に行くと、そこには昨日通り小奇麗な老婆があの店を出していた。
僕はその老婆の姿を確認すると、慌てたような、困ったような、怒ったような声で言う。

「ちょっと!あのグッズなんなんですか!」

老婆は僕の声を聞いて、多少驚いたような顔をしたが、やがて元の意地悪そうな表情に戻った。
すると老婆はフン、と鼻を鳴らした後、不服そうな表情になって

「どうした?何か不満でも?」

と言った。
老婆のその答えに、僕は先程よりも怒ったような声で老婆に言う。
「このグッズのせいで、人が何人も事故にあったり、死んだりしたんだ!どうしてくれるんだよ!」
すると老婆は、冷ややかな表情で言葉を放つ。
「何が不満なんだい?あんたの望み通りの事件が起こったじゃないか。・・・それに、何人も事故にあったり死んだのは、あんたが全てそれを望んだからだろう?私やこのグッズに文句言われても仕方無いんだけどねぇ・・」
僕はその老婆の答えに反論する。
「確かに一人だけ死は望んださ。だけど、それ以外・・人を傷つけたりしようと望んだ事は無い!」
その僕の言葉に、老婆はまた冷ややかな表情を浮かべ「ほう、そうか・・」と一人で納得する。すると老婆は自分のバッグをゴソゴソとあさり始め、やがて1枚の紙切れを見つけると僕に渡した。
「・・・これは?」
不思議そうに呟く僕に、老婆は言った。

「その1番下の行を見てみるんじゃな。そうすれば全てがわかるハズじゃ。」

僕はその老婆の言葉が気になって、紙に目を落とす。

「これで貴方もラッキーマンに!
神々の力が宿った不思議なマジックストーンブレスレット、そしてあの有名占い師、Aさんも愛用するミラクルストーンペンダント! この神秘の力が宿った、超幸福アイテム2点がなんと5万円!
この超幸福アイテムで、あなたもラッキーマンになりませんか?―」

その言葉は僕が何度も目にした文章―

僕はその文章を見るなり紙を破ろうとした。だが、その「一番下の行」に目を通した瞬間、僕の目はその紙に釘付けになった。

そう、その一番下の行には僕が解読するのを諦めていた「副作用」の文章がハッキリと書かれていたのだ。

僕は「副作用」の文章を見る。そこには、こう書かれていた―


『副作用:ただし、これを使用すると他の人が不幸になります。』


全ての謎が解けた瞬間だった。

つまり三上が死んだのも、沢山の人が傷ついたのも、全て僕の所為―

「・・どうじゃ?わかったじゃろ?・・ワシはあんたがこの説明書を熟読した上でこれを使ったと思ってたんだがねぇ・・・」
老婆がその冷ややかな声で僕に言う。

―僕が自分の意志で人を傷つけ、殺した?まさか、こんな胡散臭いグッズで?そんな事があるはずが無い――

「・・信じられないような顔をしておるな。だが、これは全て事実なんじゃよ。」

唖然とする僕を尻目に、老婆は淡々とした言葉で言い放つ。

「尤も、それ自身はお前自身が最もわかると思うんじゃがな。」

その老婆の言葉は、どうしようもない程、真実味を帯びていた用に聞こえた。

認めたくない真実。だけども、これは変えられようの真実。

「――なぁ、僕は、どうすればいい?」

ふと、僕の口からこぼれた言葉。その言葉には、何か訴えかけるような響きがあった。

すると老婆は僕の言葉に、とても優しい響きで、答えた。

「ならば、まずお前がやるべき事は、人生を悲観する事でも後悔する事でも無く、お前自身の人生を前向きに見る事だ。・・そして、これからお前がワシの道具に頼らず手に入れた幸せは、真の幸せだ。道具で得た偽りの幸せよりも、何倍の価値のあるモノだ。」

老婆は言葉を言い終えると、早々に店を畳み、あっという間にどこかへ行ってしまった。でも、老婆が最後に見せた顔はとても優しかったと記憶している。


14.

ぼんやりとしながら家に帰った僕は、ワイシャツをきちんとハンガーにかけてバッグを机の上に置いた。そして、あのグッズを押入れの奥へとしまった。

「― 道具で得ることの出来ない、価値のある真の幸せ、か。」

僕はそう静かに呟きながら、ゆっくりと押入れを閉じた。そしてもうあの胡散臭い幸福グッズを使わずに生きていこう、と心に誓った。


15.

翌朝、僕が目を覚ますと時計は既に8時を指していた。
僕は慌ててワイシャツを着て、鞄を持って外に出る。当然寝ぐせはそのままだ。
ダダダダダダと階段を駆け下り、管理人さんに挨拶をする。
もう電車の遅延も無いし、部長への遅刻の言い訳も無い。
それでも、僕は、昨日とは全く違う空気を感じながらひたすら駅に向かって走る。

「―とりあえず、今日一日も頑張ろう!」

走りながら僕は自分に言う。自分でも何故そんな事を言ったのかわからなかったけど、確実にわかった事は僕自身、前向きに生きようと思っていると言う事だ。

新しい、爽やかな朝の風が、走る僕の頬を撫でる。

―今日から、本当の幸せを得るための、新しい僕の生活が始まる。